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東京地方裁判所 平成6年(ワ)5146号 判決

原告

桑原キミ

ほか一名

被告

本間隆洋

ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告桑原キミに対し三八一九万四一三二円、同桧山明美に対し四一六九万四一三二円及び右各金員に対する平成三年一一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生及び結果

(一) 日時 平成三年一一月七日午前〇時一三分ころ

(二) 場所 東京都港区北青山一丁目二番三号先、通称青山一丁目交差点(以下「本件交差点」という。)内

(三) 加害車 被告本間勝雄(以下「被告勝雄」という。)が保有し、被告本間隆洋(以下「被告隆洋」という。)が運転する普通乗用車

(四) 被害車 訴外桑原豊(以下「豊」という。)が運転する自動二輪車

(五) 事故態様 被告隆洋は本件交差点を信濃町方面から渋谷方面に向けて右折しようとしたところ、対向車線を走行してきた被害車と衝突した(以下「本件事故」という。)。

(六) 事故の結果 本件事故によつて、豊は右血気胸、右第三ないし一一肋骨骨折ハイルチェスト、腹腔内出血、後腹膜出血、腎損傷、肝損傷等の傷害を受けて出血死した。

2  原告らと豊との関係

豊の相続人は、同人の父の篠田太郎治(以下「太郎治」という。)、母の桑原ミキ(以下「原告キミ」という。)であつたが、太郎治が本件事故後の平成六年一〇月一〇日に死亡したため、同人の損害賠償請求権については同人の子である原告桧山明美(以下「原告明美」という。)が相続した(弁論の全趣旨)。

3  被告東京海上火災保険株式会社と相被告らとの関係

被告勝雄は、被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)との間で、加害車につき自動車保険契約を締結していた者であり、被告勝雄が加害車につき被害者に対する損害賠償責任を負う場合には、被告会社も同様に損害賠償責任を負担することになる。

二  争点

1  本件事故に対する被告隆洋の責任

(一) 被告らの主張(免責の主張)

被告隆洋は、本件交差点の対面信号が赤・右折青矢印の信号表示に従つて本件交差点を右折しようとしたところ、被害車が対面信号が赤であるにもかかわらずこれを無視して本件交差点に進入してきたことが本件事故の原因であるから、被告隆洋には過失がなく、加害車には構造上の欠陥又は機能上の障害もなかつたから、被告らには責任がない。

(二) 原告らの主張

被告隆洋が本件交差点を右折しようとした際の対面信号は通常の青色表示であり、被害車の対面信号も青色であつた。被告隆洋は、本件交差点の右折に当たつて対向車線上の交通状況を十分に確認すべき注意義務を懈怠した。

2  原告らの損害

(一) 豊の逸失利益 五〇六八万八二六四円

(二) 豊の葬儀費 一二〇万円

(三) 豊の慰謝料 一八〇〇万円

(四) 原告明美の固有の慰謝料 三〇〇万円

(五) 弁護士費用 七〇〇万円

原告キミの分につき三二五万円、同明美の分につき三七五万円である。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様及び被告隆洋の責任

1  甲一、四の1、2、一三、一五の1ないし8、一六、証人桧山勝男(以下「勝男」という。)の証言、被告隆洋本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近は、別紙現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおりであり、西麻布方面と信濃町方面とを結ぶ通称外苑東通り(以下「本件道路」という。)と赤坂見附方面と渋谷方面とを結ぶ通称青山通りとが交差する交差点内である。本件道路のうち、西麻布方面に向かつて本件交差点内に進入する車線は、歩道寄りの第一車線が左折専用車線、第二、第三車線が直進専用車線、第四車線が右折専用車線(以下「本件右折車線」という。)の四車線であり、他方、信濃町方面に向かつて本件交差点内に進入する車線は、歩道寄りの第一車線が左折専用車線、第二車線が直進専用車線、第三車線が直進・右折専用車線、第四車線が右折専用車線の四車線となつている。そして、本件右折車線には、右折車が本件交差点内中央部まで進んでから対向車線を横切つて右折を行うことができるように交差点中央部に至る白色破線による右折レーンが設置されている。

本件交差点内はアスフアルト舗装され、平坦で乾燥しており、交差点の四隅には街路灯の設備があるため、本件事故現場付近は明るい状況であつた。本件道路は終日駐車禁止であり、時速五〇キロメートルの速度規制がなされている。

(二) 本件交差点の本件道路の対面信号のサイクルは、別紙信号機関連状況表(以下「別紙サイクル表」という。)記載の「A 青山一丁目」と記されたサイクル表のとおりであり、一般の青色、黄色、赤色の表示のほかに、黄色の次に赤・右折青矢印の表示がある。そして、本件道路の西麻布寄りに約一二〇メートル(甲四の1別紙図面第一)離れた位置には、通称外苑西通りに繋がる西麻布一丁目方面に向かう通称環状三号線(以下「本件連絡道路」という。)と本件道路とが丁字路状に交差する交差点(青山一丁目第二交差点。本件道路は同交差点で直角状に曲折する。以下「本件第二交差点」という。)があり、同交差点の本件連絡道路に対面する信号サイクルは別紙サイクル表のとおりである。

(三) 本件事故発生時刻は深夜の午前〇時一三分であるが、本件交差点を通行する車両の数量は、勝男の証言によれば、何で夜中にこんなにいるのかと驚くほどにたいへん多く、また、本件道路を西麻布方面から信濃町方面に向かう車両の量は、対面信号が赤のときには車線が全て埋まつてしまう程度であつたことからすると、本件交差点内の交通は、特に渋滞がなくスムーズに流れていたものの頻繁な状況であつたと推認できる。

(四) 被告隆洋は、本件事故当日、本件道路を信濃町方面から西麻布方面に向けて走行し、本件交差点を渋谷方面に右折する予定であつた。本件交差点手前で本件右折車線に入つたが、対面信号が赤で、前方に先行車が止まつていたので別紙図面〈1〉の地点で停車した。そして、対面信号が青に変わつて先行車が本件交差点内の右折レーンに進入したので、加害車もこれに続き、先行車が右折レーンの先端の〈A〉地点に停止したので、加害車もそのすぐ後の〈2〉地点に停止した。その際、被告隆洋はギアをニユートラルにして、ハンドブレーキを使用せずにフツトブレーキを踏み、ヘツドライトはスモールの状態にしていた。そして、対面信号が黄色、赤・右折青矢印の表示となり、先行車がこれに従つて右折発進したので、これに続いて、ギアをローに入れてヘツドライトを切替えてゆつくりと右折進行を始めた直後に、右折していく先行車の陰から被害車のヘツドライトが左前方から接近するのを発見したが、〈3〉地点に至つたときに〈×〉地点で被害車と加害車の左前部が衝突した。加害車は走行の勢いで〈4〉の地点に至つて停止した。被害車と豊は〈イ〉地点に転倒した。

(五) 豊は、本件事故直前まで、港区西麻布三丁目二一番一四号所在のイタリア料理レストラン「アクア パツツア」(以下「本件飲食店」という。)で勤務しており、本件事故はその帰宅途中に発生したものと推認されるところ、豊は、本件交差点を時速約五〇キロメートルで直進しようとしたものの、対向車線から赤・右折青矢印の信号表示に従つて右折してきた加害車と衝突するに至つたと推認される。

2  本件事故発生に至る前記認定は、(a)本件事故当時における本件道路の交通状況が前記認定のとおり頻繁な状況であることからすると、被害車の走行車線の対面信号が直進又は左折可能な青色表示であれば、当然に同車線上の車両は間断なく本件交差点を直進又は左折するため、加害車がこのような車両の通行の頻繁な対向車線をゆるやかな速度で安全に横切つて右折を実行することは到底不可能であると考えられること、(b)被告隆洋は〈2〉地点でギアをニユートラルに入れており、いつでも発進可能なローギア等ギアを入れている状態にはしていなかつたことからすると、対面信号が安全に右折進行できる赤・右折青矢印表示となる以前に、対向車線の車両状況次第では機敏に右折を敢行しようとする意図があつたとは窺えず、まして前方に先行車があつたことからすると、自分の判断のみで右折実行が可能である状況にはなかつたと考えられること、(c)本件事故が加害車、被害車の各対面信号が青色である際に発生したとすると、本件事故当時における本件道路の車両の流れの頻繁な状況から、本件衝突直後に交差点中央に停止した加害車又は被害車に別の直進車両が衝突する等二次衝突が発生したと考えられるが、そのような事態は現実には発生していないこと、(d)被告隆洋本人の供述によれば、同人は対向車線の車両状況については、先行車の存在も相俟つて、必ずしも十分には把握できていなかつたことが認められる(ただし、このことは、被告隆洋が対面信号表示に従つて右折進行している以上、前方不注視等の運転上の過失を基礎付けるものではない。)が、それは、裏を返せば、自車が安全かつ優先的に右折進行できる赤・右折青矢印の信号表示を確認したことによつて安心し、対向車線の車両状況に対する注意が軽減したからと考えられること(対面信号が対向直進車も走行可能な青表示である場合には、自らの負傷をも招きかねない衝突の危険を念頭において十分に対向車線の状況を注視しているはずであるが、被告隆洋はこのような行動をとつていない。)に照らすと合理的なものというべきである。

これに対し、原告らは、豊の対面信号が青色であつた旨述べて、その根拠として、(e)その帰宅経路につき、本件飲食店を出て、西麻布交差点を右折して北上し、通称外苑西通りと本件連絡道路とが交差する西麻布一丁目交差点を右折して直進し、本件第二交差点で本件道路に合流して直進を続け、本件交差点に進入したものであり、その帰宅経路であれば、本件交差点の対面信号のみならず、その手前の本件第二交差点の対面信号をも赤信号で進入したことになるが、それは極めて危険であり、考え難いこと、(f)豊は本件事故現場付近の交通状況を熟知しており、かつ、同人がサーキツトライセンスを持つ運転技術を有しているのに対し、被告隆洋は運転免許取得後まだ三か月に過ぎないこと、(g)交通事犯を犯せばそのライセンスの資格の喪失の危険があることを主張する。しかしながら、豊の帰宅経路に係る前記(e)の主張に沿う甲一四は、本件飲食店の同僚で、いつも一緒にバイクで帰宅する大賀重美(以下「大賀」という。)作成に係るものであるが、その作成過程が不明である上、大賀と豊が同時刻に本件飲食店を出たことを裏付けるタイムカード等その内容に沿う客観的な証拠すら全くなく、甲一四の内容の信用性について吟味するために行われるべき大賀の証人尋問申請も原告ら自ら撤回していること、それゆえ、かえつて、大賀が別の日における豊との行動と混同している可能性もないとはいえないこと、たとえ、甲一四記載のとおりであるとしても、それは、単に大賀と豊が前記の西麻布一丁目交差点で別れたことを示すに止まり、豊がそのまま直進して本件第二交差点で本件道路と合流したことまでも直ちに認定し得るものではないこと(交通状況を見計らつて本件第二交差点ではなくもつとそれ以前に本件道路に合流した可能性とて否定できない。)に照らすと、原告らの前記(e)に係る主張は直ちに採用できない。また、原告らの前記(f)の主張に係る本件事故現場付近の交通状況の熟知は逆に赤信号に変わつた直後でも交差点を突つ切ることができるとの油断を運転者に起こさせる危険もあり得るし、運転技術が熟達している者であれば、かえつて、そのような運転であつても自分なら可能であるとの思い込みにも繋がりかねないのに対し、運転免許を取得して間もない運転者は運転技術は十分でないとしても、それゆえ慎重かつ安全な運転を期そうとするともいい得るのであるから、原告らの右主張は、その論拠としては到底採用するには値しない。さらに、同(g)の主張についても、交通事犯を犯せば、誰でも程度の差こそあれ社会的な制裁を受ける可能性は否定できないのであるから、ライセンス資格の喪失の可能性自体をもつて豊が交通事犯を犯すことはあり得ないとの主張自体理由がないといわなければならない。

3  よつて、対面信号の赤・右折青矢印の表示に従つて本件交差点を右折進行した被告隆洋には運転上の過失がなかつたと認められ、また、加害車には構造上の欠陥又は機能上の障害もなかつた(甲四の1、弁護の全趣旨)と認められるから、原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 渡邉和義)

現場見取図

信号機関連状況表(1秒/mm)

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